「食べてはいけない善悪を知る木の実」
今月の聖句:神はご自分にかたどって人を創造された。(創世記1:27)
来る水曜日の礼拝ではアダムとエバという最初に創られた人の話をする予定です。わたしたち一人一人が神様にかたどって創られたこと、神様の細かいご計画の中で、特別な愛に基づき、神様のみ手によって創られたというのがアダムとエバの物語が持つ意味であります。その内「善悪を知る木の実」の物語が出てきますが、皆様はこのお話をお聞きになったことがあるでしょうか。
食べてはいけない、木の実を食べてしまい、アダムとエバは神様と共に住むことができなくなったという話です。この話によって、「キリスト教は厳しい」と思われる方がいるかもしれません。しかし、お決まり自体はわたしたち人においてとても大事なことで無くてはならないものであります。例えばわたしたちは交通規則の範囲内で車を走らせています。しかし誰かが“僕は自由に走りたい”と思い赤信号のみで走ったり、反対側の車線で走ったりすると、100%事故につながるでしょう。自分だけではなく、他人をも巻き込んでしまうかもしれません。ですから私たちはある程度の規則があるからこそ自由に生活していると言えると思います。善悪を知る木の実がまさにそのようなものだったのです。